藻のお暇

27歳無職のLifelog

無職になって気づいたこと

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みなさん、こんにちは。相変わらず無職の藻です。今日はブログを始めてからずっと書きたかったことを書いてみました。今の生活がいつ終わるかまだ決まってはいませんが、初めての無職生活で感じた事を書き残しておきたいと思います。

無職も社会参加している

私が無職になって気づいたことは、「仕事をしていなくても社会参加している」ということでした。物を買うことで、経済に参加する。税金を納めることで、国の運営に参加する。SNSを使うことで、ネット上のコミュニティに参加する。仕事をしていなくても、私は十分社会に参加していたんだなあということに気づきました。

社会参加=労働だと思っていた

大学生の頃は学生だからという理由で、アルバイトをしてもどこか社会見学をしている気持ちで働いていました。大学を卒業して働きだしてから、管理職としての権限が与えられたり、労働の対価をもらうことで、やっと社会の一員になれた気がしました。また、結婚しても働きたいと思っていたのですが、経済力を失うのが怖いという気持ちの他に、専業主婦になったら社会から断絶されるようなイメージがあり、それが怖いという気持ちもありました。

無職になって気づいた

しかし無職になってみて、スーパーで買い物をしたり、コンビニや郵便局で税金を納めたり、SNSやブログに文字を投稿したりしていると、社会から断絶されている感覚にはなりませんでした。どんな人でも社会と常につながっていて、自分で自分の生きている社会を決めつけていただけだったなと思うようになりました。至極当たり前のことですが、「会社で働くことが社会参加だ」「働くことが一人前の条件だ」と思っていた自分にとっては、少しはっとさせられるような気づきでした。

気づけてよかったこと

労働は社会参加の1つの方法にすぎないと気づけてよかったことは、「社会の役に立っていない」と自分を否定しなくていいことでした。生きているだけで経済や国の運営や何かしらのコミュニティーに参加している。人は社会から孤独になることはありえないのだなと思えたのは、これから長い時間生きていく上で気づけてよかったことの1つです。会社で働いて得た教訓も多いですが、辞めてから気づいたことも、それらと同じくらい価値があるような気がしています。

これからの生き方

労働が全てではないと気づいたからと言って、働くこともいいことだという気持ちに変わりはありません。むしろ、明確な役割を持って社会に参加することで得られる達成感、誰かの役に立っているという自尊心があることを、働いていた時以上に感じるようになったと思います。

無職になって、社会参加に対しての考え方が変わった私が次に働く時は、肩の力を抜いて、以前より人に親しみを持って仕事ができるかもしれません。この無職期間にどんな価値があったかは追々考えることにして、いつも目の前にあることに夢中になって生きていきたいと思います。

以上、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。(^^)